今日は、かねてより心に引っかかっていたことについて書きます。
それは、性同一性障害という病気についてです。
つまり、男性の肉体で生まれたけれども自分は本当は女性なんだと感じたり、またその逆だったり、自分の肉体の性別に違和感を覚えるという病気です。
(上の定義は自分の言葉で書いてしまったので、医学的に正確ではないかもしれません。間違っていたらすみません。)
そして、性転換手術を決意する人もいます。
私は、その病気ではないので、彼らの気持ちは充分には分かりません。
ただ、実際に、この世で宿っている肉体と、魂の部分とで、性別が異なっているということは起こり得ます。
その場合は非常な苦しみになるであろうことは、少なくとも想像はできます。
そして、
幸福の科学の教えでは、「人生はこの世限りではなく、この世に生きる意味は魂の修行である。今世の環境に不満もあろうけれども、その中にこそ学びがあるのであり、この世において、不幸に感じる事柄があったとしても、それを乗り越え、生き抜くことによって、来世以降、それが大きな幸福として返ってくるのだ」といったことが説かれています。
(これもまた、
大川隆法総裁の書籍そのままの引用などではなく、自分なりに噛み砕いているので、教団の公式見解などでは全くなく、あくまでも一信者である私自身の言葉で語っているものであることをご了承下さい。)
その考え方から行くと、性同一性障害の方に対しても、今世、自分の魂とは異なる性別の肉体に宿ってしまったとしても、それにも何らかの意味があるのであり、それに耐え、そこから何かを学び、乗り切っていくことにより、それが来世以降の幸福につながっていくのだ、ということになります。
もちろん、そうした考え方を知ることによって、彼らの苦しみが全て氷解するほど単純なものではないだろうことは分かっているつもりです。
そんなことでは納得できない、と思う方も少なくないのではないかと想像します。
けれども、同時に、「この世限りではない」という教えは、やはり魂にとって何よりも救いとなるのではないかとも思っています。
少なくとも、性転換手術は踏みとどまってくれるのではないかと思うのです。
性転換手術を悪いことと断定するわけではないのですが、ただ、あくまでも本能的にではあるのですが、どこか痛ましいものとして感じずにはいられないのです。
ですから、辛いとは思いますが、どうか踏みとどまってほしいと、個人的になのですが、思っています。
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テーマ : 性の違和感。 - ジャンル : 心と身体