スタジオジブリの映画「ゲド戦記」(宮崎吾朗監督、ル=グウィン原作)が公開中ですね。
この作品は、「ゲド戦記」のシリーズの第3巻(『さいはての島へ』)を映画化したものだと聞きます。
私は、かなり前、まだ小学生だった頃に、このシリーズを読みました。
いちばん印象的だったのは、第1巻の『影との戦い』です。
ゲドの、まだ少年時代のお話。
以下、うろ覚えですが、簡単なストーリーを紹介してみます(間違っているところがあったらスミマセン)。
魔法使いとなるべく修行中のゲドは、並外れて優秀だったのだけれど、慢心したために挫折し、また一から辛い修行をやり直すことになります。
そして、「影」という敵をどこまでも追いかけて追いかけて、ついに対面を果たし、戦いを挑みます。
その時になってゲドは知るのです、その「影」という敵は自分自身の投影にほかならなかったことを。
──ずうっと前に読んだきりなので、自信はないのですが、そんな感じのお話だったと記憶しています。
このお話から連想されるのが、「己心の魔」という言葉です。
自分自身の心の中にある迷いが、外なる魔を呼び込む、という意味です。
この「魔」という存在に対して、どのような心構えで立ち向かえばよいのかということについて、
『沈黙の仏陀〜ザ・シークレット・ドクトリン〜』(大川隆法、
幸福の科学出版)第7章「魔とは何か」から引用してみます。
魔としての実体が現実にあることは事実であるし、
成道(引用者注・悟りを開いて仏となること。集英社国語辞典より)する際に邪魔をしようとして現れてくることも事実ですが、
結局は何を試されているかというと、
悟りへの修行をしている人自身の自覚、意志の力、
これが勝負の決め手であるということです。(中略)
結局は、強い信仰心を持って、積極的に明るく生きること。
智慧を身につけて、問題を一つひとつ丁寧に解決していく。
また、決断すべきときには決断をし、そしてリスクを恐れない。
また、人の評価を恐れない。
そして、正しいものに対して、じっくりと腰を据えて邁進していく。
そのような不退転、不動の姿勢こそ、
悪魔に打ち克つための決定的な武器であるわけです。
(250〜252ページ)ゲドがそうであったように、真なる「悟り」に至るには、「己心の魔」との戦いがどうしても不可欠なのですね。
日々、この「己心の魔」を排していくことを怠らないことが、修行者としてとても大切なことなのだと改めて思います。
最後までお読みくださってありがとう(^o^)
この一日が、あなたにとって素晴らしく幸福な一日でありますように!
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テーマ : ゲド戦記 - ジャンル : 映画